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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2365号 判決 1982年2月25日

原告

三洋薬品工業株式会社

被告

フジ衛材株式会社

右当事者間の実用新案権に基づく請求権不存在確認本訴実用新案権侵害差止反訴各請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当番における新請求を棄却する。

当番における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第1双方の求めた裁判

1  控訴人

「(1) 原判決を取り消す。

(2) 被控訴人の本訴請求を棄却する。

(3) 被控訴人は、原判決別紙目録(1)記録の「授乳婦乳もれ受けパット」の製造、販売及び領布をしてはならない。

(4) 被控訴人は、その営業所及び工場に存する前項記載の「授乳婦乳もれ受けパット」の完成品及びその製造に供した原判決別紙目録(3)記載の機械設備を廃棄せよ。

(5) 被控訴人は、控訴人に対し、金857,080円とこれに対する昭和54年5月1日から完済まで年5分の割合による金員の支払いをせよ。

(6) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。」

旨の判決及び右(3)ないし(5)項につき仮執行の宣言並びに当審における訴変更による新請求として、

「被控訴人は、本判決別紙目録(4)記載の「授乳婦乳もれ受けパット」を製造、販売及び領布してはならない。」

旨の判決を求めた。

2  被控訴人

「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに当審における控訴人の訴変更による新請求について、第1次的に「右訴の変更は許さない。」旨の裁判を、第2次的に「右新請求を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第2双方の主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、後記1ないし3のとおり追加するほか、原判決事実欄記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  控訴人の主張

(1)  「わん形」及び「空隙部」について。

本件考案の各作用効果は、いうまでもなく使用状態においてのみ発揮されるものであるから、本件考案の各構成要件は、右作用効果を奏するための要件である以上、当然使用状態を考慮して規定されているものである。すなわち、③(原判決4枚目表から裏にかけて記載された本件考案の構成要件に付した番号を示す。以下同じ。)の「わん形」の要件は、乳房の曲面に添ってこれを覆うようにすることが目的なのであるから、使用時において「わん形」になりうるように成形してあれば良いことを規定しているにすぎない。本件実用新案公報(以下「本件公報」という。)に記載の実施例にしても、その素材はクレープ紙、紙綿の如き吸水紙2と、レーヨン紙3、及びポリエチレンシートからなる被覆材5などのきわめて柔軟な材料から成っており(本件公報2欄5ないし12行)、実施例のように製造時にわん形に成形されても、非使用時には必ずしもわん形を保っているものではなく、簡単に扁平状となってしまうことは当業者ならずとも一見して明らかなのである。本件公報2欄14ないし18行には、第2図の空隙部7を形成させる方法について規定しているが、その記載による限りでは空隙部7はパット1の加圧成型時に被覆材6を緊張した状態にし、吸水層4と外側配置の被覆材5とを緩くたるませた状態にして成型することにより形成させることができるとあるのみであって、原料となる「複数枚のクレープ紙あるいは紙綿の如き吸水紙2とレーヨン紙3とを積層した吸水紙層4」も「ポリエチレンシートからなる被覆材5」も「ポリエチレンシートの両面に防水紙とレーヨン紙をラミネートして一体化してなる被覆材6」も、いずれもともに平面状の原料から切り取られるものである以上、加圧型によるわん形成型には限度があることが容易に判明する。すなわち、平面の原料を積層する場合、被覆材6を緊張し、同5や吸水層4をたるませて加圧成型してもわん形成型には限度があるのである。また、④の「空隙部」の要件についても事情は同じである。本件公報中の「空隙部」に関する2欄34行ないし3欄3行の記述は同第4図に示す使用状態にえいて説明されていて、「空隙部」が使用状態でのみ意味を有することを示している。本件公訴記載の実施例をみても、非使用時には必ずしも空隙が保たれるものでないことは前述したところと同様乳首側被覆材6やレーヨン紙3等がきわめて柔軟な素材であることから明らかである。同公報の第2図は非使用時の一形状を便宜的に示したものであるが、同図に示された空隙部7は第4図に比して著しく狭く、実用上必要な間隙すら保たれていない状態が記載されている。右第2図に示されている形状は便宜上わん形で空隙7の存するものが記載されているが、実施品である実際の製品は、ごく柔いから放置しておけば、第2図に示すような形状すら保つことなく扁平となり、かつ被覆材がレーヨン紙3と密着してしまうことは避けられないことであり、当業者ならだれでも予測できることである。したがって、④の空隙部の要件は、使用する際に、乳首側防水性被覆材と、吸水層との間に空隙部を形成しうるようにしてあることを規定しているのであり、非使用時まで必ず空隙部が存在しなければならないことを意味しないのである。

これに対して、イ号物件及びロ号物件も、使用時に乳首に装着するに際し、本件考案の非使用時のパットと同様に扁平状ではあるが、乳房の曲面に沿って当てたときは素材が柔い紙質である以上当然に全体として「わん形」を呈することとなり、乳首側被覆材6の孔8から乳首が挿入されている以上、勢い乳首の高さ分だけは必然的に吸水層4と乳首側被覆材6とが離隔する部分が生ずるわけである。もっとも、だからといって、イ号物件及びロ号物件には、非使用時の治態において「空隙部」が全くなかったわけではない。イ号物件及びロ号物件の乳首側被覆材と吸水層とは、決して密着しているわけではなく、常にある程度の空隙部が不規則にではあるが存在している。したがって、これを乳首に装着するに際しては、乳首側被覆材を吸水層からはがすような努力や手間は皆無であって、乳首側被覆材の孔8に乳首を容易に挿入してさらに一層の空隙部を形成することとなるのである。

その意味では、被控訴人主張の本件考案のパットが、乳首装着時に「空隙部」と「わん形」との要件を容易に復元するというのと全く選ぶところがないのである。

なお、ロ号物件において、空隙部は少なくとも使用時には必ず生じ、パットがずれ動くことは経験則上考えられず、また、イ号物件で乳首受け入れ凹部6を形成したからといって、それによりパットのずれが初めて防止されることにはならない。

(2)  第2次的主張について。

本件考案の構成要件のうち、①、②、⑤の要件は絶対に必要な要件であるが、③、④の要件は、右①、②、⑤の要件に比べればその重要性の程度は低いものであり、その理由はつぎのとおりである。

まず、③の「防水性被覆材の周縁を圧着固定してわん形のパットに成形すること。」の要件と、④の「乳首側防水性被覆材と吸水層との間に空隙部を形成すること。」の要件とは、相互に関連しており、③のようにわん形に成形することによって、④のように、乳首側防水性被覆材と吸水層との間に空隙部が形成されうるのであるから、③と④とは、他の①、②、⑤、⑥の要件のように別個独立の要件ではなく、本来は③と④とがあわせて1個の要件をなすものとみるべきであり、この③と④の要件は、本件考案の実用新案登録出願(昭和46年10月7日)前から公知であった。すなわち、授乳婦用の乳もれ受け用のパットをわん形に形成した考案は、昭和36年11月15日公告された実公昭36―29849号公報(甲第9号証の1)や大正9年10月12日に登録された登録実用新案第53835号明細書(甲第8号証の1)及び昭和12年4月6日に公告された実用新案登録出願公告第4155号公報(甲第8号証の2)等においてすでに開示されている。就中、甲第8号証の2の公報の第2図、第3図をみれば1目瞭然であるように、覆布6をわん形に形成して内部に脱脂綿7を収用し、乳首受環2から乳首だけを内部に挿入させる構造は、本件考案の③と④の要件そのものといってよい。本件公報の第4図と、甲第8号証の2の公報の第2図を対比すれば、本件考案の③と④の要件がもたらす効果である「授乳婦の授乳時間外に出る余剰の乳を吸水層4にスムースに吸収され、かつ保液することができる。」効果(本件公報3欄3ないし6行)と「乳首の先端部分だけが吸水層に接触するようにしてあるので、吸水層が乳を吸収しても、乳に浸たされた吸水層面が直接乳房に触れるということがなく感触性が良い」効果(同4欄2ないし7行)とが、甲第8号証の2の公報の第3図の構成をとることにおいても等しく奏されていることが容易に理解できるのである。この間の事情は、甲第8号証の1の公報の第3図についても全く同様である。

このように本件考案の③と④の要件は本件考案の実用新案出願前から公知であったから、これらが本件考案の構成要件の中で中核をなす要件であるとはいえないのであって、むしろ、本件考案の中核となる重要な要件は、②と⑤の組み合わせ、とくに⑤の要件に求められるべきである。事実、この種のパットで吸水層の最下層にレーヨン紙のような吸水紙を配した考案は、本件考案の出願前には存在していなかった。

このことは本件公報の実用新案登録請求の範囲の記載の仕方をみれば明らかとなる。すなわち、同請求の範囲は、「吸水紙その他の吸水材料より成る吸水層の外側に防水性被覆材を、乳首側には乳首挿入用の孔を設けた防水性被覆材を配し、その周縁を圧着固定してわん形のパットを成型するとき、乳首側被覆材と吸水層との間に空隙部が形成されるようにしたパットにおいて、」という書き出しで始まっている。このことは、①、②、③、④の各要件がそれぞれ公知であるが、これら公知の各要件が組み合わされたパットにおいてつぎに続く新規な構成を採ることを明らかにしようとする規定の体裁であることが判る。したがって、本件考案の新規な点は、そのつぎに続く「……において、上記吸水層の最下層にレーヨン紙の如き乳に浸たされても乳首に容易に付着しない吸水紙を配したことを特徴とする授乳婦乳もれ受けパット」である点に求められるべきなのであり、この部分は、⑤の要件にほかならない。ところで、被控訴人は、②及び⑤は本件考案の実用新案登録出願前の出願にかかる明細書中にすでに開示されているとして、甲第5号証の公告公報及び甲第7号証の1の公開公報をそれぞれ挙げているが、これらの公報記載の考案はいずれも本件考案の実用新案登録出願時点では公知となっていなかったから、先願の明細書に書かれているというだけで本件考案の特徴から除外される理由とはなしえないこと多言を要しない。なお、本件考案の真の作用効果である「吸水紙の特徴によって授乳婦の授乳時間外に出る余剰の乳を吸水層にスムーズに吸水し、かつ保液することができ、また吸水層が乳を吸収しても乳に浸された吸水層面が直接乳房に触れるということがないため感触性が良く、更には、乳首あるいは乳房に右吸水紙がこびりついてしまうという恐れがない、という実用上の効果」は、乳首の先端が乳首側防水性被覆材の穴を通してレーヨン紙の如き吸水紙により押さえられた状態となる構成がとられてさえいればもたらさるるのであって「乳首が乳首防水性被覆材とレーヨン紙の如き吸水紙との間に形成された空隙部に位置する」という構成をとることは必ずしも必要ではなく、乳首の全体が空隙部分中に位置する必要は毛頭ない。したがって、本件考案の構成要件中①、②と⑤の構成さえ備っていれば、本件考案の作用効果は事実上奏することができ、③と④の構成は前記本件考案の真の作用効果を奏するための不可欠の要件ではないのである。

以上述べた理由により、本件考案の構成要件中、最め基本的な要件は⑤に存し、③、④の要件は、これに比べて重要性が低い要件であるとみることが合理的である以上、本件考案とロ号物件との対比にあたって、つぎのように考えることができる。

その第1は、ロ号物件と本件考案との構成上の差異は単なる設計変更か構造若しくは形状上の徴差にすぎないから、ロ号物件は、本権実用新案の権利範囲に属するという点である。

本件考案の構成要件のうち前記のとおり比較的重要性の低い③及び④の要件がロ号物件に備っていなくても、本件考案の構成要件の中核をなす⑤の要件が、他の①、②の要件と相まってそっくりロ号物件に備わることにより、本件考案の作用効果が実質上等しくロ号物件において奏されており、しかも又③、④の要件を欠如させたロ号物件の構成は、何らの考案力を要せずして当業者が容易に推考できる構成であることが明らかである以上、ロ号物件は本件考案の技術的思想の本質的部分をそのまま模倣するものであって、軽微な構成上の差異は単なる設計変更又は構造上の微差にすぎず、ロ号物件が全体として本件実用新案の権利範囲に属することを妨げるものではない。

その第2は、ロ号物件は本件考案のいわゆる改悪実施形態(ないし不完全利用)に該り、したがって本件実用新案の権利範囲に属するという点である。

すなわち、ロ号物件は、本件考案と同一の技術思想に基づいており、本件考案の③及び④の要件は、作用効果からみて重要度の低いものであることは前記のとおりであり、被控訴人のロ号物件の製造販売は昭和53年3月ころ以降で、イ号物件の製造販売は、同年9月ころ以降であるが、本件実用新案が公告されたのは昭和51年8月26日であることから、本件考案を知ってからその③と④の要件をことさらに欠落させてロ号物件が製造されたことが明らかであり、本件考案の③、④の要件を欠落する故に、パットが乳に添いにくいという欠点はあるが、ロ号物件は、その点を除けば本件考案の所期する作用効果はほとんど達成しているといえる。しかしながら、技術的完全を期するかぎり、パットを乳房に添い易くしようとするのは当然であり、普通であればかような要件を省略するはずがないのに、あえて③、④の要件を省略したのは本件考案の権利範囲を逃がれるためにのみなしたものである。また、右改悪によっても、ロ号物件は本件考案の基本的構成である⑤の要件を充足しているため、本件考案以前の従来技術に比べ格段の作用効果(吸水層が乳を吸収しても、乳に浸された吸水層面が直接乳房に触れることがなく感触性が良く、レーヨン紙はみだりに破れたり肌に付着することがないので、乳首あるいは乳房に吸水紙材がこびりついてしまうという恐れがないこと―本件公報4欄2ないし10行参照)を有している。

以上要するに、ロ号物件は本件考案の技術思想をそっくりそのまま盗用しながら、その請求の範囲から文言上逃げるだけのために重要度の低い③、④の要件をあえて欠落させたものであり、典型的な改悪的実施形態ないし不完全利用といえるのであって、本件実用新案の権利範囲に包含されるものなのである。

イ号物件は、ロ号物件と全く同一の構造のものに「吸水層1および吸水紙5の各中央部乳首挿入用の孔3に対応する部分のみを凹ませて乳首受入れ凹部6を形成」するという附加的構造を有しているだけのものである。したがって、ロ号物件につき控訴人が右に主張したことがすべて当てはまる。なお、イ号物件は右の附加的構造をとることによりロ号物件よりも優れた附加的作用効果を有するものではない。

(3)  当審における新請求の請求原因

被控訴人は、本訴係属本判決別紙目録(4)記載の「授乳婦乳もれ受けパット」(以下「ハ号物件」という。)を製造、販売し始め、現にこれを製造、販売及び領布している。

ハ号物件は、本件考案の構成要件中、①②③④⑤⑥の構成をことごとく備えている。すなわち、同物件が本件考案の構成要件①②⑤⑥の要件を充足していることはとくに問題がなく、③の要件については、同物件は、防水性被覆材の周縁を圧着固定してあり、該周縁部から中央部に向けて盛り上った略わん形をなしており、非使用時においても、③の要件を充足している。④の要件については、乳首側防水性被覆材と吸水層との間には非使用時においても空隙部が存在している。

以上の構成によって、同物件は、前記(2)記載の本件考案の真の作用効果を奏する。

また、同物件は吸水層及び吸水紙の中央部分に2重の同心円状の凹部が形成してあるが、前記①ないし⑥の構成要件を充足している点に変りはなく、本件考案は、かような形状を排斥しているものではないから、その権利範囲に属する。

よって、控訴人は、同物件の製造、販売及び領布の差止を求める。

2  被控訴人の主張

(1)  控訴人の右1の(1)の主張に対して。

まず、本件考案は、そのクレームに記載する如く、「吸水紙その他の吸水材料より成る吸水層の……、その周縁を圧着固定してわん形のパットを成型するとき、乳首側被覆材と吸水層との間に空隙部が形成されるようにしたパットにおいて、……特徴とする授乳婦乳もれ受けパット」であって、パット成形時に「わん形」及び「空隙部」が形成されることを必須の要件として登録されているものなのである。

第2に、本件考案は、「わん形のパットを成型するとき、乳首側被覆材と吸水層との間に空隙部が形成されるようにした(クレーム)」から、非使用状態、すなわち、輸送保管時には素材が紙質であることから、必ずしも成形時のような「わん形」「空隙部」を保つことは難しいかもしれないが、乳首装着時には、乳首を孔8より挿入すると、本件公報第4図に示す如く成形時に予め形成されていた空隙部7は容易に復元して乳首のみ空隙部7内に位置することをた易く可能ならしめると共に、パットも成形時のわん形に容易に復元して乳房の曲面に添い易い形状となる効果があり、ひいては、乳首が使用時絶えず空隙部7内に位置してずれ動きを防止しうるから「乳首の先端部分だけが吸水層に接触するようにしてあるので、吸水層が乳を吸収しても、乳に浸された吸水層面が直接乳房に触れるということがなく感触性が良く(本件公報4欄4ないし7行)」なる効果をもたらすものなのである。すなわち、本件考案は、パット成形上に予め「わん形」及び「空隙部」を形成しておくことを必須の要件としていることにより、上記した使用時の作用効果をもたらすものなのである。したがって、本件考案の技術的範囲に属するか否かの判断は、本件考案の必須の構成要件であるとクレーム中に明示しているパット成形時の形状構造により対比されるべきであることは自ら明らかなところである。

そこでロ号物件であるが、ロ号物件は成形時、扁平円形状であって空隙部を有しないため、乳首を孔内に確実に挿入することが困難であり、挿入しても使用時にずれ動き易く、乳首が孔から離脱して吸水層面から外れ、乳もれ受けパットの用をなさなくなる場合が多いため、被控訴人において製造販売を中止して、イ号物件に切り換えたのである。また、イ号物件では、吸水層1及び吸水紙5の各中央部乳首挿入用の孔3に対応する部分のみを凹ませて乳首受入れ凹部6を形成したことにより凹部6内に乳首を挿入することが容易となり、かつ、乳首が使用中孔3から脱するのを防止しているのであり、本件考案とその解決原理が異なるものなのである。

(2)  控訴人の右1の(2)の主張に対して。

被控訴人も本件考案における③と④の要件は、相互に関連があり本来1個の要件とみた方が妥当であると考えるが、これらを有機的に結合した1個の構成要件とみて、控訴人主張の各公知資料と対比すれば、いずれも全く別異の技術であることが明らかである。

すなわち、甲第9号証の1は、「円形吸湿紙1を複数枚重合し、中央部に乳首容入用小膨出部2、その外周に乳房容入用大膨出部3を形成してなる紙製乳当」であって、直接乳房全体に密着せしめて使用するものであり、本件考案にいう乳首側被覆材6なる要件を欠くと共に、当然吸水層と乳首側被覆材との間に形成される空隙部7なる要件を欠く故、乳房は当然乳汁に浸される結果となる。甲第8号証の1は、防水布等からなる掩部6と乳当部4との間に脱脂綿、海綿等の吸湿物料8を収容し、乳当部4の中央に形成した乳首挿入用浸孔5から乳首を挿入して使用するものであり、乳首側被覆材に当る乳当部4を有するものの、本件考案にいう吸水層と乳首側被覆材間全体にわたる空隙部7なる構成を欠き、直接乳首を透孔5より脱脂綿8中に挿入するにすぎない構造である。その結果、本件考案のように乳首の先端部分だけ吸水層に接触するのではなく、乳首の付く根部まで脱脂綿8が取り巻くこととなり一旦吸収された乳汁の1部は乳首の付け根部から外部に漏出する結果となり、本件考案の期待する効果(本件公報4欄ないし7行)は奏しえないものである。甲第8号証の2は、乳房圧迫器9にて圧迫することにより流出する乳液を受ける器に関する考案であって、構格4に冠せられた覆布6の乳首側に乳首受環1とその支脚2とを装着すると共に、内部に脱脂綿7を収容してなるものであり、乳首受環1より乳首を挿入して使用するものであって、これも甲第8号証の1と同様、乳首側被覆材にあたる覆布6を有するものの、本件考案にいう吸水層と乳首側被覆材間全体にわたる空隙部7なる構成を欠き、直接乳首を乳首受環1より脱脂綿7中に挿入するにすぎない構造である。その結果、これも本件考案のように乳首の先端部分だけ吸水層に接触するのではなく、乳首の付け根部まで脱脂綿7が取り巻くこととなり一旦吸収された乳汁の1部は乳首の付け根部から外部に漏出する結果となり、これまた本件考案の期待する効果は奏しえないものである。

以上、控訴人のいう公知資料を遂一詳細に検討すれば、いずれも本件考案の③と④を有機的に結合した構成要件を具備するものでないことが明らかとなり、したがって、本件考案の構成要件中③と④も重要な要件でないということはできないのである。

控訴人が本件考案の中核となる重要な要件であると主張する②と⑤の組み合わせとくに⑤の要件については、本件出願の5日前に、吸水層の最下層に不織布を配した搾乳パットが甲第7号証の1に示す如く出願されたが、甲第7号証の2に示す如く拒絶査定が確定している事実があり、このことによっても、レーヨン紙に類した「吸水性を有するが、肌触りが良くて感触性に富み、乳に浸されてもみだりに破れたり肌に付着せず、乳を吸収した場合には表面に滲出させる度合が低い等の特長(本件公報2欄28ないし33行参照)」を有する不織布を吸水層の最下層に配したという特徴だけでは、登録適格性を有さず、この程度では考案の中核というほどの大げさなものとはいえないのである。

つぎに、控訴人は、本件クレームの記載の仕方において、①、②、③、④の各要件が「……において」なるフレーズで括られているから、これらの要件は公知であることを意味し、本件考案の新規な点は⑤の要件にほかならないと主張するが、この①、②、③、④の要件は、「…わん形のパットを成形するとき……空隙部が形成されるよう…」なる方法的記載を含むものであるところ、控訴人は、この①、②、③、④の要件をそっくり有する「授乳婦乳もれ受けパットの製造方法」なる発明を本件考案と同日に出願し、特許されている事実が存在する(甲第4号証)とともに、③と④の要件が有機的に結合した構成が新規な要件である事実は、前主張のとおりである。また、「特許請求の範囲に「……において」という表現形式がとられている場合、「において」の前に記載された事項は、公知事項ないし上位概念を表示する場合の用語例として通常用いられることが多いが、常にそうであるとは限らず、発明の対象ないし範囲を限定する場合もあるから、このような場合は、この部分を全く無視すべきではなく、この部分をも含めて発明の要旨を定めるべきである。」とするのが従来からの判決例の示すところであるし、実用新案法第5条第4項の規定の趣旨からみても、クレームされている以上、必須構成要件にほかならないから、控訴人の右主張は失当である。

控訴人は、その主張する本件考案の真の作用効果は、①、②及び⑤の構成さえ備っていればこれを奏することができ、③と④の構成は右効果を奏するための不可欠の要件ではない旨主張するが、使用中、パットがずれて乳首が孔8から離脱してしまうと、乳首から滲出する余剰乳は吸水層にスムーズに吸収されず、乳房が乳汁でぬらされ、パットは用をなさなくなってしまうことは明らかである。本件考案は、「乳首が乳首側被覆材6と吸水層4の内面に配したレーヨン紙3との間に形成された空隙部7に位置(本件公報2欄38行ないし3欄1行(」する作用が存することにより、パットがずれ動いて孔8から乳首が離脱するのを防止することができるのであり、その結果、「余剰の乳を吸水層4にスムーズに吸収され、かつ保液することができる(本件公報3欄4ないし6行)」のである。また、本件考案にいう「空隙部」とは、外側配置の被覆材5、吸水層4及び吸水紙3の一群と乳首側被覆材6とのわん形としての曲率が異なる結果形成されるものであり、それ故、乳首側被覆材と吸水層との間に全体的に空隙部が形成されるところに特色を有するのである。その結果、「乳首の先端部分だけが吸水層に接触することができ、吸水層が乳を吸収しても、乳に浸された吸水層面が直接乳房に触れるということがなく(本件公報4欄4ないし7行)」なる効果を奏するのである。「乳首の先端部分だけが吸水層に接触する」ということは、甲第8号証の1ないし2に示すような乳首の付け根部まで吸水層(脱脂綿)で取り巻かれて乳に浸された吸水層(脱脂綿)が孔を介して直接乳房に触れるようなことをあえて避けていることを意味している。

以上のとおり、本件考案における、③と④の要件は、本件考案の作用効果として本件公報に記載されている事項を達成するうえで前提となる重要な要件であることが明らかである。よって、この点に関する控訴人の主張も失当である。

控訴人は、本件考案の構成要件中、最も基本的な要件は⑤に存し、③、④の要件はこれに比べて重要性の低い要件であるとの前提に立って、ロ号物件は、本件考案の単なる設計変更、構造、形状上の微差にすぎないか、あるいは、改悪実施形態に相当するとしていろいろ述べているが、③と④の要件が新規で本件考案の作用効果を達成するうえで基本的な要件であること、前述したとおりであるから、控訴人の主張はその前提を欠き失当たるを免れない。

そして、イ号物件も、ロ号物件と同様、本件考案における③及び④の重要な要件を欠くとともに、本件考案には存しない「乳首受入れ凹部6」を有する結果、凹部6内に乳首を挿入することが容易となって管便に装着できるとともに、乳首が使用中孔3から脱するのを防止しているのであり、本件考案とはその解決原理が異なっているものである。さらに、本件考案では、パット成形時に、予め「わん形」、「空隙部」を形成しておくから、その形状を保持するため、輸送保管時に細心の注意を必要とし、かつ嵩張る欠陥を有するが、イ号物件の乳首受入れ凹部6は凹み癖をつける程度であり(その程度で充分上記目的を達成しうる。)、かつ、装着時に容易に復元するので輸送保管時に特別の注意は必要なく、また嵩張ることもないものであるから、イ号物件も本件考案の技術的範囲に属しない。

(3)  控訴人の右1の(3)の主張に対して。

1 本件イ号物件及びロ号物件については、原審における長年月を費してその審理を経て本件控訴に至っているものであり、この段階でイ号物件と実質上同一の物件をハ号物件としてその差止を求めて訴の追加的変更をすることは、徒らにかつ著しく本件訴訟手続を遅滞せしめるおそれが大であるから、民事訴訟法第232条第1項ただし書にあたるものとして、右変更を許さない旨の裁判を求める。

2 被控訴人は、イ号物件のほかに控訴人主張のハ号物件の製造、販売等をしたことはないから、控訴人の当審における新請求は棄却されるべきである。

3 証拠関係

(1) 被控訴人は、甲第18ないし第20号証を提出し、乙第1号証の成立を認めた。

(2) 控訴人は、乙第1号証を提出し、甲第18ないし第20号証の成立を認めた。

理由

1  当裁判所も、被控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容し、控訴人の反訴請求は失当してこれを棄却するのを相当と判断するものであり、その理由は、つぎのとおり加入、訂正するほか、原判決理由欄記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(1)  原判決19枚目裏3行目の「ところで、被告は、」の後に、つぎのとおり加入する。

「本件考案の作用効果は使用状態において発揮されるものであるから、本件考案の各構成要件は当然その使用状態を考慮して規定されているものであり、本件公報に示された素材、製法をみても、本件考案の乳パットが不使用時にまでその「わん形」及び「空隙部」を存しなければならないものではなく、一方」

(2)  原判決20枚目表9行目の「イ号物件が」から同裏7行目までをつぎのとおりに訂正する。

「実用新案の対象である物の構成は、特段の事情がないかぎり、その物の通常の状態における形状すなわちその物が形成されたときのままの形状で示されているとみるのが相当で」るところ、前記争いのない実用新案登録請求の範囲中には「(防水性被覆材の)周縁を圧着固定してわん形のパットを成型するとき、乳首側被覆材と吸水層との間に空隙部が形成されるようにしたパット」とあり、また、前記甲第2号証によれば、本件公報の考案の詳細な説明の欄には、「被覆材6を重合積層し、図示していない加圧型にわん形状に成型したものである。……空隙部7は、パット1の加圧成型に際して、被覆材6を緊張した状態にし、吸水層4と外側配置の被覆材5とを緩るくたるませた状態にして成型することにより形成させることができる。」(2欄10ないし18行)との実施例についての説明記載はあるが、本件考案が、使用時には前記「わん形」及び「空隙部」の状態になるが、非使用時にはそのような状態にないものも包含することをうかがわせるような記載は全く認められないことをみれば、本件考案についても、その構成が、対象物の形成されたときの形状でなく、控訴人主張のように使用状態における形状を示しているとみるべき特段の事情があるとはいえない。もっとも、本件考案にかかる乳もれ受けパットは、前記甲第2号証中の実施例についての記載からも認められるように柔軟な素材により形成されるため、非使用時には、必ずしも常に同号証の第2図ないし第4図に示されるような典型的な状態にあるとはいえないであろうけれども、それとて、吸水層側の1部が乳首側被覆材に触れる程度にすぎず、とくに積極的に圧縮しない以上空隙部が全くなくなってイ号物件のように完全な扁平になることはないと考えられるから、このことをもって本件考案の構成について控訴人主張のように解することの根拠とすることはできない。一方、前記争いのないイ号物件の構成をみれば、これが使用されているときは、なるほどその全体は乳房の形に沿った「わん形」になるとは考えられるが、乳首側防水被覆材と吸水層は、接着こそされていないが、同一寸法で相接する状態で構成されているものであるから、乳首によって吸水層が押されて前方に残った場合に、吸水層と乳首側被覆材との間に本件考案におけるような空隙部は生せず、右被覆材は吸水層に沿ったまま前方に残るとみるのが自然である。

以上のとおりで、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するかどうかの判断は、前記のとおり形成された状態を示す本件考案の構成と当事者間に争いのないイ号物件の構成それ自体を対比してこれをなすべきものであるが、仮に、イ号物件の使用状態における形状もその構成の1部をなすものとみるとしても、イ号物件には「空隙部」が存するとみることはできないから、控訴人の主張は、いずれにしても採用できない。」

(3)  原判決20枚目裏8行目の「また」から22枚目表4行目までをつぎのとおりに訂正する。

「控訴人は、本件考案の構成要件のうち、①、②、⑤の要件は絶対に必要な要件であるが、③、④の要件は、本来結合して1個の要件とみるべきものであって、①、②、⑤の要件に比べれば重要性が低い、との前提に立ち、イ号物件が、本件考案の技術思想の本質的部分をそのまま模倣するものの又は改悪的実施形態(ないしは不完全利用)として、本件実用新案の権利範囲に属する旨主張するので、以下これについて検討する。

まず、当裁判所も、本件考案の③と④の要件は互に関連して機能を果たしているとみるのを相当とするものであるが、控訴人が右③と④の要件につきこれが本件実用新案の出願前公知であったとして引用する甲第9号証の1(実公昭36―24849号公報)、甲第8号証の1(登録実用新案第53835号明細書(及び同号証の2(実用新案登録出願公告第4155公報)(以上いずれも成立に争いがない。)について検討すると、これらの考案は、それぞれ被控訴人主張のとおりの内容のものであって、これらの存在によって右③及び④の互いに関連する要件が出願前公知であったとすることはできないものと認められるから、これが公知であったとする控訴人の主張は採用できない。

つぎに、控訴人は、本件考案の実用新案登録請求の範囲に、①、②、③、④の各要件が組み合わされているパット「において」と記載されていることを根拠に、「において」という語の前に記載されている①、②、③、④の各要件は公知である旨主張するが、実用新案登録請求の範囲に「……において……した物」等とある場合に「において」という語の前に記載された要件は、出願時公知の事項を表わす場合もないではないが、必ずしも公知事項を表わさず、他の出願との関係等から上位概念をまとめて右のような記載をする例も少なくないことは、当裁判所に顕著であるところ、成立に争いのない甲第4号証によれば、控訴人は、本件考案における右「において」の前に記載された事項と実質上同一の発明につき、本件実用新案と同日に、「授乳婦乳もれ受けパットの製造方法」の特許出願をしていることが認められ、この事実によれば、むしろ、右「において」の記載方法は、それ以前の記載事項が出願前公知の事項であったからではなく、右特許出願との関係等から採用されたとみるのが相当であり、この点についての控訴人の主張も採用できない。

また、控訴人は、そのいわゆる本件考案の真の作用効果をもたらすものは、①、②及び⑤とくに⑤の要件であり、③、④の要件は、右真の作用効果を奏するため不可欠の要件ではない旨主張するが、前記甲第2号証の考案の詳細な説明の項とくに「授乳婦の乳首は乳首側被覆材6と吸水層4の内面に配したレーヨン紙3との間に形成された空隙部7に位置し、乳首先端はレーヨン紙3により押えられた状態となる。従って、……乳を吸水層4にスムーズに吸収され、かつ保液することができる。」(2欄37行ないし3欄6行)及び「乳首の先端部分だけが吸水層に接触するようにしてあるので、吸水層が乳を吸収しても、乳に浸された吸水層面が直接乳房に触れるということがなく感触性が良く、」(4欄4ないし7行)の各記載によれば、本件考案における④の「空隙部」は、これがあるため初めて乳首の先端部分のみが吸水層に接触するようにすることができるものであることが明らかであり、右空隙部がなく乳首が吸水層によって無条件に押圧される状態では、先端部分は押し曲げられ、吸水層に適切に接触できないこととなるものであるから、本件考案の④の要件は③の要件と関連して控訴人のいう真の作用効果を奏するための不可欠の要件といわなければならず、控訴人の前記主張も失当といわざるをえない。

以上検討したところに、前記甲第2号証、いずれも成立に争いのない甲第3号証の5、6及び前記甲第8号証の1、2をあわせ考えれば、本件考案の構成要件中重要なものは、③(防水性被覆材の周縁を圧着固定してわん形のパットに成形すること。)、④(乳首側被覆材と吸水層との間に空隙部を形成すること。)、⑤(吸水層の最下層にレーヨン紙の如き乳に浸されても乳首に容易に付着しない吸水紙を配すること。)であって、右③及び④の構成は、⑤の構成と相まって、前記認定の本件考案の作用効果を奏する不可欠の構成要件であるものと認められ、乙第1号証の記載中右に反する見解は採用できず、他に右に反する証拠はないので、本件考案の構成要件中控訴人主張の構成が本件考案にとって重要性の程度の低いものであるとする控訴人の主張は首肯し難く、したがって、右認定とは異なる前提に立って、右③及び④の構成を欠くイ号物件が、設計変更ないし構造上の微差にすぎないか又は改悪的実施形態ないしは不完全利用であるとして、その製造、販売が本件実用新案権を侵害するものであるとする控訴人の右主張は、その前提を欠くもので、その余の事項につき判断するまでもなく、これを採用することができない。」

2  控訴人の当審における訴の追加的変更によるハ号物件に対する差止の新請求について、被控訴人は、訴訟を著しく遅滞させるべきものとして、右変更を許さない旨の裁判を求めているが、控訴人主張の請求原因事実によれば、差止の基礎となる本件実用新案権については、従前の反訴請求と共通であり、差止の対象となるハ号物件も、イ号物件と対比して、実質上2重の同心円状の凹部がある点で相違するのみで、他の構成は同一とみることができるから、ハ号物件の差止請求を審理することにより、著しく訴訟を遅滞させるおそれがあるとはいえないから、被控訴人の右申立は失当である。

しかしながら、被控訴人がイ号物件のほかに控訴人主張のハ号物件の製造、販売等をしていることについては、これを認めるに足る証拠がないから、その製造、販売等の事実を前提とする控訴人の右新請求は、その理由がないものといわなければならない。

3  よって、本件控訴及び控訴人の当審における新請求は、いずれもこれを棄却することとし、当審における訴訟費用は、民事訴訟法第89条により控訴人の負担として、主文のとおり判決する。

(石澤健 楠賢二 杉山伸顕)

<以下省略>

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